労働者のための労働保険と社会保険③

第3回 健康保険制度の基礎

新入社員やパートタイマー、入社5年以内の若手社員の皆さんに向けて、健康保険制度の基本について解説します。日本の公的医療保険である健康保険は、病気やケガで働けないときに経済的負担を互いに支え合う社会保険制度の一つです。この資料では、健康保険の仕組みや給付内容、そして家族の扶養手続きまでわかりやすく説明します。

健康保険の概要と目的

  • 社会保険としての健康保険:会社や工場・店舗などに勤める人は「健康保険」に加入し、自営業者や農業従事者等は市区町村の「国民健康保険」に加入します。日本は国民皆保険制度を採用しており、全ての国民がいずれかの公的医療保険に加入することで、誰でも必要な医療を比較的低い自己負担で受けられる仕組みになっています。
  • 健康保険の目的:加入者本人(被保険者)およびその家族(被扶養者)が、業務外で病気やケガをしたときの治療費を負担したり、働けない期間の収入を補償したりすることです。具体的には、医療費の給付(治療費の保険負担)や、各種手当金(傷病手当金、出産手当金など)を支給することで生活の安定を図ります。これにより、加入者同士がお互いの医療費や生活保障を支え合う仕組みになっています。

医療費の自己負担割合と仕組み

  • 窓口負担の割合:健康保険証を医療機関で提示すれば、かかった医療費の一部(自己負担分)だけを窓口で支払えば済みます。原則として自己負担は3割(30%)であり、例えば5,000円の診療費でも1,500円を支払えば残りの3,500円は保険から支払われます。残りの費用は加入者が毎月納める保険料でまかなわれ、会社員の場合は保険料を会社と従業員が折半して負担しています。
  • 年齢による負担割合の違い:自己負担割合は年齢等により異なります。6歳(就学前)までは2割、義務教育就学後~69歳は3割70~74歳は2割(現役並み所得者※は3割)、**75歳以上(後期高齢者医療制度)は1割(現役並み所得者は3割)**と定められています。※「現役並み所得者」とは、引退後でも現役世代並みの収入がある高齢者を指します。
  • 保険診療の範囲:健康保険証を使えるのは、公的医療保険が適用される診療(いわゆる保険診療)に限られます。病院の診察・治療、処方箋による薬の調剤、入院費などが対象です。美容整形や自由診療など保険適用外の治療は全額自己負担になります。また、人間ドックや予防接種などは原則自己負担ですが、自治体の補助や会社の健康保険組合の制度で費用補助が受けられる場合もあります。
  • 保険証の役割健康保険証はあなたが公的医療保険に加入している証明書です。病院や薬局で受診するときは必ず提示しましょう。保険証を提示しないと10割全額を支払うことになってしまいますが、後日保険者に療養費として払い戻し申請をすることも可能です(手続きが必要になります)。

高額療養費制度(医療費の自己負担上限)

医療費が高額になった場合でも、高額療養費制度によって自己負担額には上限が設けられています。1か月(1日~月末まで)の自己負担額が一定の自己負担限度額を超えた場合、超えた分が後から払い戻される制度です。この制度により、一度に多額の医療費がかかっても家計が過度な負担とならないようになっています。

  • 自己負担限度額の目安:上限額(自己負担限度額)は年齢や所得によって異なります。たとえば70歳未満の現役世代では、所得区分が一般的な場合「約8万円+(総医療費-26.7万円)×1%」が月額上限となります。これは医療費が高額になるほど若干上乗せがありますが、自己負担は概ね月9万円程度までに抑えられるイメージです(所得が低い場合は上限が約35,400円、所得が高い場合は上限がより高額に設定されています)。70歳以上では区分により上限額がさらに低く設定されます。
  • 世帯合算:同じ月内に同じ世帯(被保険者とその被扶養者)の複数の人が医療を受け、それぞれの自己負担額が21,000円を超えた場合、それらを合算して上限額を超えた分が支給されます。一家の医療費が重なっても、合算して高額療養費の対象にできるため安心です。
  • 手続きと支給:高額療養費の払い戻しを受けるには、健康保険組合や協会けんぽに申請を行います(会社の健康保険の場合、多くは診療から約3か月後に案内や支給があります)。限度額適用認定証という証明書を事前に発行してもらえば、入院など高額になりそうな場合に病院窓口で提示することで、支払いを上限額までにとどめることも可能です。支給までの流れをあらかじめ知っておくと、大きな医療費が発生したときにも落ち着いて対応できます。

傷病手当金(病気やケガで会社を休んだとき)

傷病手当金は、業務外の病気やケガで療養のために働けなくなり連続して4日以上会社を休んだときに、健康保険から給付される手当金です。仕事中や通勤中のケガは労災保険の対象ですが、それ以外の私傷病で収入が減ったときに、生活保障として支給されます。

支給条件:傷病手当金を受け取るには以下の条件を全て満たす必要があります。

  • 業務外の病気・ケガであること(仕事中や通勤中の事故は対象外)
  • 働けない状態であること(医師の意見を基に判断)
  • 連続する3日間を含み4日以上仕事を休んでいること(最初の3日間は待期期間で無給、4日目以降が支給対象)
  • 休業期間中に給与の支払いがないこと(有給など給与が出ていれば減額・不支給。一部給与支給の場合は、その額が傷病手当金より少なければ差額支給)

支給内容:支給される傷病手当金の額は、休業前の平均給与のおよそ3分の2相当です。具体的には、直近12か月の平均標準報酬月額を30日で割った金額(標準報酬日額)の2/3が1日あたりの支給額となります。例えば平均標準報酬月額が26万円の場合、1日あたり約5,780円の手当金となります。傷病手当金が支給される期間は**支給開始日から最長1年6か月(18か月)**です。長期に及ぶ療養でも、1年半までは所得補償が受けられるので安心です。ただし途中で職場復帰した場合はその間支給が止まり、復帰と休職を繰り返しても通算で1年6か月が限度となります。

申請方法:傷病手当金を受給するには会社経由で健康保険組合等へ申請書を提出します。申請書には事業主の証明と医師の意見書(労務不能であることの証明)を記入してもらう必要があります。申請が受理され支給決定されると、通常は申請から2週間程度で指定口座に振り込まれます。会社を退職後も条件を満たせば引き続き最長1年6か月まで受給できる場合がありますので、退職時に療養中の方は手続きについて確認しましょう。

出産育児関連の給付(出産手当金・出産育児一時金)

健康保険には、出産に関する給付金として出産手当金出産育児一時金があります。それぞれ目的や対象が異なりますので、内容を押さえておきましょう。

出産手当金(産前産後休業中の所得補償)

出産手当金は、会社の健康保険に加入している女性社員(被保険者本人)が出産のため会社を休み、その間給与が支払われない場合に支給される給付金です。労働基準法では産前産後休業(産休)として「出産予定日の6週間前(双子以上は14週間前)から、出産後8週間は就業させてはならない」と定められています。多くの会社ではこの産休期間は無給扱いとなるため、その収入減を補う目的で健康保険から出産手当金が支給されます。扶養家族として健康保険に入っている配偶者(被扶養者)は対象外で、あくまで本人が被保険者である女性のみが受け取れます。

  • 支給期間:出産手当金の支給対象となる期間は、原則として出産日(実際の分娩日)以前42日(6週間)から、出産日の翌日以後56日(8週間)までの範囲です。双子以上の多胎妊娠の場合は出産日前98日(14週間)からが対象となります。この範囲内で、実際に「出産のために仕事を休んだ日」について支給されます(医師の指示や会社の産休制度により取得した休業日が該当)。例えば予定日より遅れて出産した場合、実際の出産日基準で遡って42日分が対象となるため、予定日基準より支給日数が延びるケースもあります。反対に予定日より早く生まれた場合、予定日前に取得予定だった産前休業分は結果的に支給対象外(働けたはずの日となる)になります。このように出産手当金の期間は実際の出産日を基準に計算されます。

  • 支給額:出産手当金の金額は休業中の1日につき給与の3分の2相当です。計算方法は傷病手当金と同様で、出産前の標準報酬月額の平均をもとに**「標準報酬日額÷3×2」(実質2/3)**の金額が日額として支給されます。支給対象となる日数分の合計額を受け取ることができ、通常は産前産後の休業が終了した後にまとめて申請し、一括で支給されます(健康保険組合によっては分割払いのところもあります)。例えば標準報酬月額が30万円の方なら、出産手当金の日額は約6,667円となります(30万円÷30日×2/3)。
  • 申請方法:出産手当金を受け取るには「健康保険出産手当金支給申請書」を提出します。申請書には本人が必要事項を記入し、医師または助産師に分娩証明を記入してもらい、勤務先にも休業期間中の給与支払状況を証明してもらう欄があります。それらをすべて揃えて会社経由で健康保険組合(または協会けんぽ)に提出します。会社を退職している場合でも、在職中に加入していた健康保険から出産手当金が受け取れるケースがあります(退職日までに出産手当金の支給要件を満たしており、かつ退職日に出産手当金を受給していれば、退職後も継続して受給可能)。該当する場合は速やかに申請手続きを確認しましょう。

出産育児一時金(出産時の一時金)

出産育児一時金は、出産にかかる費用をサポートするために支給される一時金です。被保険者本人だけでなく、国民健康保険や健康保険に加入しているすべての人(被扶養者も含む)が対象で、健康保険の扶養家族になっている配偶者が出産した場合でも受け取ることができます。1児につき一律50万円(産科医療補償制度加入分娩の場合、制度掛金含む)支給されます。これは2023年4月の制度改正で従来の42万円から引き上げられた金額です。双子なら100万円、三つ子なら150万円と、生まれた赤ちゃん一人ごとに支給されます。

  • 費用の直接支払制度:出産育児一時金は通常、健康保険から医療機関(産院)に直接支払われる直接支払制度が利用されます。分娩時に産院と所定の合意書を交わしておけば、産院は健康保険者から直接50万円を受け取り、本人は分娩費用から50万円を差し引いた残額だけを病院に支払えば済みます。例えば分娩費用が55万円だった場合、退院時に本人が支払うのは5万円程度になります。逆に出産費用が40万円など50万円を下回った場合は、健康保険から差額分(この例では10万円)を後日受け取ることができます。
  • 申請方法:直接支払制度を利用しない場合や、差額の支給を受ける場合には所定の申請が必要です。加入している健康保険組合・協会けんぽに「出産育児一時金支給申請書」を提出して請求します。申請には母子手帳の出産証明や、医療機関の領収書などが必要です。出産日の翌日から2年以内が申請期限となっています。
  • その他:出産育児一時金はあくまで出産に伴う費用の補助ですが、自治体によっては独自に出産費用助成や祝い金制度がある場合もあります。また会社の健康保険組合によっては、法定の50万円に付加給付として数万円上乗せしているところもあります(協会けんぽは付加給付なし)。加入先の制度も確認しておくと良いでしょう。

扶養制度(被扶養者の条件と申請フロー)

会社員の健康保険では、一定の条件を満たす家族を被扶養者として健康保険に加入させることができます。被扶養者となった家族は、保険料の負担なしで被保険者(本人)と同じ健康保険の給付を受けることができ、医療費も同様に低い自己負担で診療を受けられます。ここでは、扶養に入れる家族の範囲と認定条件、および申請の流れについて説明します。

  • 扶養に入れる家族の範囲:被扶養者になれるのは被保険者と生計を一にする親族です。具体的には、配偶者(事実婚含む)、子、孫、兄弟姉妹、父母・祖父母等の直系尊属が対象です(原則国内居住者に限る※)。範囲としては三親等内の親族までと定められています。例えば、自分から見ておじ・おば(叔父叔母)は三親等外なので対象外ですが、両親・祖父母・曾祖父母、兄弟姉妹、子・孫・曾孫、配偶者、および配偶者の父母・子は含まれます。
  • 収入要件(年収の壁):【扶養される家族の収入が一定以下】であることが必要です。具体的には被扶養者本人の年間収入が130万円未満であることが条件です(60歳以上または障害者の方は年間180万円未満)。月収にするとおおむね108,334円未満(60歳以上等は月15万円未満)です。これは俗に「130万円の壁」とも呼ばれ、パート収入などがこの金額を超えると扶養から外れて自分で社会保険に加入しなければならなくなります。収入には給与だけでなく年金収入や事業所得なども含めた総収入で判断されます。
  • 生計維持要件:扶養に入れるためには、その家族が主として被保険者の収入によって生計を維持していることが求められます。具体的には扶養する人(被保険者)の年間収入の半分未満であることが一つの目安です。例えば被保険者本人の年収が500万円で配偶者の年収が120万円なら、配偶者の収入は本人の年収の2分の1未満なので生計維持関係は満たすと判断されます。一方、扶養される家族の収入が被保険者の収入の半分以上ある場合、たとえ年収130万円未満でも「主たる生計維持者ではない」とみなされ扶養に入れないことがあります。
  • 別居の場合の条件:扶養する家族と別居している場合(単身赴任や家族が遠方に住んでいる場合など)は、生計維持関係をより厳密に確認されます。具体的には被保険者からの仕送り額が被扶養者の収入額を上回っていること、かつ仕送り額が生活費として十分な水準であり、定期継続的な送金であることなどが求められます。例えば別居の親を扶養に入れる場合、親の年金収入より多い額を毎月送金していて、その証拠(銀行振込の控え等)があることが必要です。単身赴任で家族が後から生活拠点を移す予定の場合などは例外もありますが、基本的に別居の場合は仕送り証明が重要となります。
  • 75歳以上は扶養に入れない:家族が75歳以上になると後期高齢者医療制度の被保険者となるため、その時点で健康保険の扶養から外れます(被扶養者ではなく後期高齢者医療の被保険者として各自保険証を持つ形になります)。例えば扶養しているお祖母さんが75歳到達時に後期高齢者医療へ移行するので、会社の健康保険の扶養からは自動的に外れます。

以上の条件を満たすかどうかによって、扶養に入れられるか判断されます。実際の認定では健康保険組合(または協会けんぽ)が収入証明書類(源泉徴収票、課税証明書、年金通知など)や同居・仕送りの状況を総合的に審査して決定します。


被扶養者の申請手続き:家族を扶養に入れる場合、「健康保険被扶養者(異動)届」という書類を会社経由で提出する必要があります。入社時に配偶者や子どもを扶養に入れる場合は、雇用契約書の提出時などに一緒に案内されることが多いです。届出には扶養する家族の氏名・続柄・生年月日・収入などを記入し、収入を証明する書類(前年の源泉徴収票や課税証明書、年金受給証明など)を添付します。会社の人事・総務担当者が内容を確認の上、健康保険組合または年金事務所に提出して審査・認定されます。認定されれば、その家族について被扶養者としての健康保険証が後日交付されます。逆に扶養から外れる場合(被扶養者の就職や収入増加、離婚、75歳到達など)は、「被扶養者異動届」を提出して扶養削除の手続きを行います。扶養から外れた家族は自分で国民健康保険に加入するか、新たな勤務先の健康保険に加入する必要がありますので、変更があったときは速やかに会社に申し出ましょう。

健康保険証の使い方、資格取得・喪失の基本

保険証の使い方と留意点

  • 健康保険証の提示:医療機関や薬局で診察・治療を受ける際は、必ず窓口で健康保険証(被保険者証)を提示します。保険証を提示することで、自己負担割合(一般は3割)だけの支払いで済み、残りの費用は保険者が負担します。保険証を持参し忘れた場合、一旦全額自己負担(10割)で支払いをすることになりますが、後日保険者に申請して7割分の払い戻し(療養費の請求)を受けることが可能です。ただし手続きの手間がかかるので、受診の際は忘れずに保険証を携帯しましょう。
  • 保険証の管理:保険証には氏名や生年月日、記号番号、保険者名などが記載されています。他人に不正利用されないよう、大切に保管してください。万一紛失・盗難に遭った場合は、速やかに会社経由で再発行の手続きを行いましょう。最近ではマイナンバーカードを健康保険証として利用できるオンライン資格確認も普及しつつありますが、当面は健康保険証も併用されます。
  • 保険証利用上の注意:保険証はあくまで加入者本人および被扶養者のみが使用できます。家族や他人に貸したりして不正に使わせることは厳禁です。また、加入者資格が無くなった後(会社を退職した後など)は、その保険証は無効となります。資格喪失後に保険証を使って受診すると無資格受診となり、後で保険給付分を返還するよう求められる場合があります。退職や扶養削除で資格を失った際は、必ず保険証を返却し、以後使用しないようにしましょう。

資格取得と喪失のタイミング

  • 被保険者資格の取得:会社に入社して所定の労働時間・日数の条件を満たすと(一般的には週の所定労働時間が正社員の3/4以上などの基準)健康保険・厚生年金の被保険者資格を取得します。通常、入社日(採用日)から資格取得となり、会社は5日以内に日本年金機構へ資格取得の届出を行います。入社からしばらくすると本人の健康保険証が交付されます(協会けんぽの場合、会社を通じて発行される保険証が手元に届くまで1~2週間程度かかります)。入社時に配偶者や子を扶養に入れる場合は同時に被扶養者異動届を提出することで、その家族も資格取得日から保険証の適用を受けられます。
  • 被保険者資格の喪失:会社を退職したときや、雇用形態の変更で社会保険の適用対象外になったときは、被保険者資格を喪失します。退職日の翌日(資格喪失日)以降は会社の健康保険は使えなくなるため、次の保険への加入手続きが必要です。具体的には以下の選択肢があります。
    1. 新しい勤務先の健康保険に加入:再就職先が決まっている場合は、その会社で新たに社会保険へ加入します。前職の保険証は退職日に返却し、再就職先から新しい保険証が交付されます。
    2. 国民健康保険(国保)に加入:すぐに就職しない場合や、フリーランス・無職期間ができた場合は、お住まいの市区町村役場で国民健康保険に加入します。原則として退職日の翌日から14日以内に国保の加入手続きを行う必要があります。その際、前の健康保険の資格喪失日を証明する書類(健康保険資格喪失証明書)が必要になるため、退職時に会社から受け取っておきます。
    3. 任意継続被保険者制度を利用:一定の条件を満たす場合、任意継続被保険者として退職後も引き続き今までの健康保険に加入し続けることができます。条件は「退職日までに継続して2ヶ月以上の被保険者期間があること」「退職日の翌日から20日以内に任意継続の加入申請を行うこと」です。この制度を利用すると退職後も最大2年間、同じ健康保険に加入できますが、保険料はこれまで会社と折半だった分も含めて全額自己負担(場合によっては在職時の約2倍の額)となります。それでも国民健康保険より保険料が安い場合や、家族が扶養に入っていて他の制度に入りづらい場合などに選択されます。任意継続を希望する場合は期限内に会社または保険者に申請しましょう。
  • 資格喪失時の保険証返却:退職などで資格を失った場合、健康保険証は会社に返却します(任意継続の場合は保険者に返却し、新しく任意継続用の保険証が発行されます)。資格喪失後は前述のように速やかに新しい保険に加入し、空白期間を作らないことが大切です。万一手続きが遅れて無保険の期間に医療機関にかかると、全額自己負担になってしまいますので注意してください。

以上が健康保険制度の基本的な内容です。健康保険は私たちの医療費負担を軽減し、休業中の収入も支えてくれる重要な制度です。会社員として働く皆さんは、制度の仕組みと給付内容を正しく理解し、いざというときに適切に活用できるようにしておきましょう。また、扶養家族の条件や手続きについても把握しておくことで、自分や家族の生活を守ることにつながります。困ったときは会社の総務担当者や健康保険組合に相談し、制度を上手に利用してください。


NotebookLMを使い、Podcast風に上記資料を説明しています。(序盤で保険料の「労使しはん」と言っている部分は「労使折半(せっぱん)」です。)

労働者のための労働保険と社会保険②

第2回 労災保険(労働者災害補償保険)の基本

新入社員やパートタイマーなど、入社5年以内の労働者の皆さんを対象に、労災保険(正式名称:労働者災害補償保険)について解説します。労災保険は仕事中や通勤中の予期せぬケガ・病気から労働者の生活を守る重要な保険制度です。本資料では、業務災害通勤災害の違い、労災保険の申請手続きにおける会社と労働者の役割、受けられる主な給付の種類、そして万一労災事故が発生した場合の対応フローについて、図解を交えて分かりやすく説明します。ポイントを押さえて、いざという時に適切な対応が取れるようにしましょう。

労災保険とは

労災保険とは、労働者が業務中または通勤中に負ったケガや病気に対して、治療費の給付など必要な補償を行う公的保険制度です。企業に雇用され賃金を支払われている労働者であれば、正社員・アルバイト・パート等の雇用形態を問わず適用されます(事業主や自営業者は原則対象外)。労災保険の保険料は全額事業主(会社)の負担で賄われており、労働者本人の給与から控除されることはありません。つまり労働者は費用負担なく加入でき、万一の際に必要な補償を受けられる制度になっています。

業務災害と通勤災害の違い

労災保険で補償される労働災害には、大きく分けて業務災害通勤災害の2種類があります。それぞれの定義と主な違いは次のとおりです。

  • 業務災害 – 従業員が業務中に業務を原因として負ったケガや病気、または死亡のことです(いわゆる「業務上」の災害)。
  • 通勤災害 – 従業員が**通勤中(就業に関連する移動中)**に負ったケガや病気、または死亡のことです。※「通勤」とは自宅と就業場所との往復において「合理的な経路および方法」で行われる移動を指し、途中で私的な逸脱・中断をするとその後は通勤と認められなくなる点に注意が必要です。

いずれも労災保険の適用対象となる労働災害であり、労災保険から補償を受けられる点では共通しています。しかし、法律上の扱いや会社の責任範囲などにいくつか違いがあります。主な相違点をまとめると以下のとおりです。

  • 給付の名称 … 労災保険から支給される給付の名称が異なります。業務災害の場合は「療養補償給付」「休業補償給付」「障害補償給付」など「補償」という言葉が付くのに対し、通勤災害の場合は「療養給付」「休業給付」「障害給付」など補償の文字が無くなります(それに伴い請求書の様式も異なります)。名称や書式が違うだけで給付内容にほとんど差はありません
  • 医療費の自己負担業務災害で負傷した場合、労災指定医療機関で受診すれば治療費は全額労災保険負担となり窓口負担はゼロです。一方、通勤災害の場合は療養給付において原則200円の自己負担金が徴収されます(※この200円は休業給付の支給時に差し引かれて調整されるため、病院窓口で請求されることはありません)。ほとんど無料で治療が受けられる点に変わりはありませんが、このような制度上の違いがあります。
  • 最初の3日間の休業補償 … 労災で仕事を休む場合、労災保険からの休業(補償)給付は4日目から支給され、労災発生日から連続する最初の3日間(待期期間)は支給されません。ただし業務災害の場合、労働基準法により使用者(会社)に待期期間中の休業補償責任が課されており、初日から3日間について平均賃金の60%以上の手当を支払う義務があります。通勤災害の場合、この待期3日分の補償義務は会社にありません(会社の支配下で起きた事故ではないため)。そのため通勤中の事故で休業した場合、労災保険から4日目以降の休業給付しか支給されず、最初の3日分は会社からの補償もない点に注意が必要です。
  • 休業中の解雇制限業務災害により労働者が療養のため休業している期間、およびその後30日間は法律により解雇が禁止されています(労働基準法第19条)。これは仕事上の負傷・疾病で休んでいる労働者の身分を保証するための規定です。一方、通勤災害で休業する場合にはこのような解雇制限の規定が適用されません。※実際には多くの企業が通勤災害で休業した労働者にも配慮しますが、法律上は業務上災害の場合ほどの強い保護規定がないことを覚えておきましょう。
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労災保険の申請手続き(会社と労働者の役割)

労災事故に遭いケガや病気を負った場合、労災保険から補償を受けるためには所定の申請手続きを行う必要があります。ここでは、実際に労災が発生した際の会社と労働者それぞれの対応・役割を確認しましょう。

  • 労働者(被災労働者)の役割: まず負傷したら速やかに会社へ労災発生を報告します。そして必要に応じて労災指定の医療機関で受診し、療養給付を受けるための書類(例:様式第5号※)を病院に提出します。治療後または休業が発生した場合は、医師に労災用の診断書を書いてもらい、労災保険給付支給請求書を自ら記入(本人署名)して準備します。労災の請求書は通常会社を通じて所轄の労働基準監督署に提出しますが、会社が手続きを行わない場合などは、労働者自身で直接提出することも可能です。いざという時に慌てないよう、どのような書類が必要になるか概略を把握しておきましょう。
  • 会社(事業主側)の役割: 労働者から労災発生の報告を受けたら、まず怪我の状況や発生状況を聞き取り、労災保険給付支給請求書の作成をサポートします。請求書には被災者の氏名や発生日、事故の状況、負傷箇所、証人の有無、賃金額など会社側で記入・証明すべき事項があります。これら必要情報を社内で整理し、会社の証明欄に記入押印した上で、速やかに所轄の労働基準監督署長宛てに提出します。また、労災保険の給付請求とは別に、労災事故の重症度によっては会社に労基署への事故報告義務が生じます。例えば死亡や4日以上の休業を要する労災が発生した場合、会社は「労働者死傷病報告」を遅滞なく労働基準監督署長に提出しなければなりません(労働安全衛生法第100条・施行規則第97条)。この報告手続きも会社の重要な役割です。
  • 行政(労働基準監督署)の対応: 労災保険給付の請求書が提出されると、所轄の労働基準監督署において当該災害が労災保険の給付対象となるかどうかの調査・審査が行われます。業務上または通勤途上の災害であると認められれば労災認定となり、後日保険給付の支給決定通知が届きます。反対に「労災に該当しない」と判断された場合は不支給処分となり、その内容が通知されます。不支給決定に納得できない場合、労働者は所轄労働局の労災保険審査官に対し**審査請求(不服申立て)**を行うことが可能です。労災保険は労働者の権利ですので、正当な理由があればこうした不服申立て制度を利用することも覚えておきましょう。

※様式第5号…正式には「療養補償給付たる療養の給付請求書(業務災害用)」といい、労災指定医療機関に提出する書類。

労災保険の主な給付の種類

労災保険から受けられる給付は、ケガの治療中なのか、治癒後に障害が残ったのか、あるいは死亡に至ったのか等、状況に応じて様々な種類があります。主な給付の種類と内容を以下にまとめます(※業務災害の場合は給付名に「補償」が付きますが、通勤災害の場合は名称から「補償」が外れるだけで内容は同じです)。

  • 療養(補償)給付 … 労災によるケガや病気の治療費の給付です。労災指定の病院・薬局で治療を受ける場合、労災保険から治療に必要な費用が全額給付され、自己負担なく療養を受けられます。治療費や入院費、必要な薬剤・看護料など、通常治療に必要な費用はすべて含まれます。やむを得ず非指定の医療機関で治療を受けた場合でも、一旦立替えた費用について後日請求し**全額払い戻し(療養の費用給付)**を受けることが可能です。通勤災害の場合は「療養給付」と呼ばれますが、給付内容に違いはありません
  • 休業(補償)給付 … 労災で負傷・発病し働けなくなった期間の賃金を補償する給付です。仕事を休まざるを得なくなった場合、労災発生日から連続して4日目以降の休業1日につき、**給付基礎日額の60%が支給されます。さらに休業特別支給金として20%(給付基礎日額の20%相当)が加算支給されるため、休業期間中も実質日額の合計80%**が補償される仕組みです。給付基礎日額とは原則として労災発生前3か月間の平均賃金額を指します。なお労災発生から3日間は労災保険から休業給付が出ませんが、業務災害の場合はこの間について会社が別途60%以上の休業補償を行う義務がある点は前述のとおりです(通勤災害の場合は会社補償なし)。※通勤災害の場合、同内容の給付が「休業給付」と呼ばれます。
  • 障害(補償)給付 … 労災による傷病が治った後も後遺障害(後遺症)が残った場合に支給される給付です。後遺障害の程度に応じて労災保険より年金または一時金が支給されます。具体的には、厚生労働省の定める障害等級(1級~14級)によって給付内容が決まり、1級~7級に該当する重い障害の場合は「障害補償年金」(継続的に年金支給)、8級~14級の比較的軽度の障害の場合は「障害補償一時金」(等級に応じた所定日数分の給付基礎日額を一括支給)が支給されます。例えば1級の障害では年金として給付基礎日額の313日分が毎年支給され、14級の障害では一時金として給付基礎日額の56日分が支給されます(詳細な金額は障害等級等により異なります)。※通勤災害の場合は「障害給付」と呼称。
  • 遺族(補償)給付 … 労災事故により労働者が死亡した場合に遺族に支給される給付です。労働者の収入で生計を維持していた遺族(配偶者や子など)がいる場合、その遺族に対し遺族補償年金が支給されます。年金額は労働者の給付基礎日額に一定の日数(遺族の人数等によって153日~245日)が乗じられた額が一年分として支給されます。遺族補償年金を受け取れる遺族がいないときは、一定の遺族(例:労働者と生計を同じくしていた父母など)に対し遺族補償一時金(給付基礎日額の1,000日分)が支給されます。さらに、死亡した労働者の葬儀を行った遺族には葬祭料(葬儀費用に対する定額の給付)が支給されます。葬祭料の額は給付基礎日額の概ね60日分相当(最低補償額あり)です。※通勤災害の場合、名称は「遺族給付」となります。
  • その他の給付 … 上記以外にも、様々な給付制度があります。たとえば治療開始から1年6か月経っても傷病が治癒しない場合、その時点で傷病の程度が重いときに長期療養生活を補償する傷病(補償)年金が支給されます。また、重度の後遺障害により常時または随時の介護が必要となった場合には、介護人を頼む費用を補填する介護(補償)給付が受けられます。このほか定期健康診断等で所定の異常が見つかった場合に精密検査等を無料で受けられる二次健康診断等給付など、労災保険には多様な給付項目があります(※詳細は厚生労働省や専門機関の資料をご参照ください)。

労災事故発生時の申請フロー

労災事故発生から給付を受けるまでの基本的な手続きフローです。

労働者が業務中または通勤途中に負傷したら、まず会社に労災発生の事実を報告します。

その後、労災保険給付の請求書を作成して所轄の労働基準監督署長に提出します(この請求書は会社を通じて提出することも、労働者が直接提出することも可能です)。

労働基準監督署での調査を経て労災と認定されれば、各種保険給付の支給決定通知がなされ給付金が支給されます(労災と認められない場合は不支給決定となり、その通知が届きます。)

不服があれば労働局に対し審査請求による不服申立てが可能です。

なお、この給付請求とは別に、労災事故の内容によって会社には労基署への事故報告義務が発生する場合があります(重篤な労災時の「労働者死傷病報告」の提出など)。

以上が労災発生時の大まかな流れです。

いざという時に備え、手続きの全体像を理解しておきましょう。

労働者として知っておくべき注意点

最後に、労働者の立場で労災保険を利用する際に注意すべきポイントや知っておきたい事項をまとめます。

  • ケガをしたら速やかに報告・受診 … 業務中や通勤途中に事故やケガをした場合、ただちに上司や会社に連絡しましょう。応急処置が必要なら迅速に行い、状態に応じてすぐ医療機関を受診します。特に骨折や出血など明らかな負傷の場合は我慢せず救急搬送等もためらわないでください。労災は命に関わる事態を想定した制度です。安全第一で行動しましょう。
  • 受診時は「労災」であることを伝える … 病院にかかる際には、そのケガや病気が仕事中・通勤中の災害であることを医師・受付に伝え、「労災保険扱い」で診療を受けます。労災が原因の傷病に健康保険証を使って受診することはできません(仕事上の傷病に健康保険を適用すると法律上認められておらず、後から治療費の全額が自己負担になってしまいます)。労災指定の病院であれば所定の請求書(様式第5号または第16号の3など)を提出することで窓口負担なく治療を受けられます。指定病院が近くに無い場合でも、健康保険証は提示せずに「労災の可能性がある」と伝えて受診し、後日労災請求を行うようにしましょう。
  • 会社からの「労災にしないで」という要請に注意 … 万一会社側が労災として扱うことを渋ったり、「今回は労災申請しないでほしい」と頼んできた場合でも、安易に応じてはいけません。労災事故を隠して健康保険で処理することは**違法行為(労災隠し)であり、会社は厳しい罰則を受けるおそれがあります。またそのような処理をすると労働者本人も本来受けられる十分な補償が得られなくなる危険があります。中には「労災申請すると会社に迷惑がかかるのでは」と心配する声もありますが、そのように申請をためらう行為自体が「労災隠し」**とみなされ得るため注意が必要です。労災が起きたときは労災保険を正しく活用するようにしましょう。
  • パートやアルバイトでも遠慮しない … 労災保険は雇用形態に関係なく適用されます。正社員でなくても、会社に雇われ賃金をもらって働いている人は全員労災保険の対象です。試用期間中の新入社員や学生アルバイトであっても同様です。遠慮せずにしかるべき補償を受けましょう。また労災保険料は全額会社負担であり、給付を受けても労働者個人の保険料負担が増えることはありません。安心して制度を利用してください。
  • 通勤経路の逸脱に注意通勤災害として労災認定を受けるためには、就業に関連した合理的な経路・方法で通勤していることが条件です。私的な用事のために大きく遠回りしたり長時間の寄り道をした場合、その途中やその後の移動中に起きた事故は労災と認められない可能性が高くなります。例えば「仕事帰りにプライベートで飲食店へ立ち寄った際に負傷した」「通勤中に忘れ物を取りに一旦自宅へ戻った際の事故」等は通勤災害から外れるケースです。やむを得ない最小限度の日用品購入や保育園への立ち寄りなどを除き、通勤経路からの大きな逸脱・中断は避けるようにしましょう(※逸脱後に元の経路に復帰した場合、その復帰以降は再び通勤と認められ得ます)。
  • 業務が原因の病気も労災に該当 … 労災というと転倒・墜落など事故によるケガに目が行きがちですが、長時間労働や過重業務による病気も労災に該当します。たとえば脳・心臓疾患(脳梗塞や心筋梗塞など)や精神疾患(うつ病など)は、その発症前の労働時間や業務内容が一定の基準を超えて過重だと認められれば労災認定され得ます。また熱中症や腰痛症なども業務環境や内容との因果関係が認められれば労災となります。実際に業務に起因して病気になった場合も労災保険から補償を受けることができます。体調不良が仕事に関係していると思われるときは放置せず、会社の産業医や労働基準監督署等に早めに相談してください。
  • 労災保険給付には時効がある … 労災保険の給付金は、いつまでも請求できるわけではありません。それぞれの給付について請求できる期限(時効期間)が法律で定められており、期限を過ぎてしまうと原則としてもう受け取ることができなくなってしまいます。例えば療養補償給付や休業補償給付は2年で時効となり、障害補償給付や遺族補償給付は5年で時効になります(時効は支給事由が生じた翌日から起算)。「手続きを忘れていて給付がもらえなかった…」ということが無いよう、労災が発生したら早めに会社と連携して必要な請求手続きを行いましょう。

以上が労災保険(労働者災害補償保険)の基礎知識となります。労働者にとって大変心強い制度ではありますが、いざという時に正しく利用するためには制度内容や手続きの流れを理解しておくことが大切です。万一職場で事故が起きてしまった場合には慌てず、ここで学んだポイントを思い出して適切に対処してください。労災保険を活用して、皆さんの安全と生活をしっかり守りましょう。


NotebookLMを使い、Podcast風に上記資料を説明しています。

労働者のための労働保険と社会保険①

※ 労働者も知っておきたい、労働保険と社会保険の情報を、詳しくと分かりやすさのバランスをとった内容でまとめ、シリーズ化してご提供します。

第1回 雇用保険の基本

雇用保険とは何か(制度の目的と仕組み)

雇用保険は、「仕事がなくなったときに備える公的保険」です。正社員やパートタイマー・アルバイトなどが失業した際に、再就職活動中の生活を支える給付金(失業給付)を支給し、生活の安定と早期再就職を促進することを目的としています。具体的には、おおむね約3か月から1年程度、給与の代わりとなる失業等給付(いわゆる失業手当)が支給されます。また、失業時だけでなく、育児休業や介護休業で一時的に働けない場合にも、一定期間「育児休業給付金」や「介護休業給付金」が支給されるなど、働く人のライフイベントを支援する仕組みも含まれています。これらの給付に必要な財源は、労働者と事業主の双方からの保険料負担(毎月の給与から所定率を天引き)および国庫負担によってまかなわれています。例えば令和6年度(2024年度)では、一般の事業の場合労働者負担0.6%程度(賃金の千分の6)という保険料率で保険料が徴収され、同程度を事業主も負担しています。このように、雇用保険は働く人みんなで保険料を出し合っておき、いざ収入が途絶えたときに助け合う社会保障制度の一つです。

ポイント:労働保険と社会保険の位置づけ  雇用保険は「労働保険」に分類され、労災保険と並んで厚生労働省が管轄する労働者のための保険制度です。後述する健康保険や厚生年金保険は「社会保険」(狭義には厚生年金・健康保険など)と呼ばれ、管轄や制度が異なります。本セミナーではまず労働保険(雇用保険・労災保険)、次いで社会保険(健康保険・厚生年金)の順に解説していきます。

適用対象(誰が雇用保険に入るか)

雇用保険の被保険者となる対象は、「一定の雇用条件で働く労働者」です。具体的には以下の3つの条件をすべて満たす労働者は必ず雇用保険に加入させなければなりません。

  • ① 雇用契約期間が31日以上見込まれること:雇用の見込みが初日から継続して31日以上あること。契約期間に定めがない常用労働者はもちろん、たとえ当初の契約期間が31日未満でも更新の可能性がある場合は加入対象となります(※更新が一切なく31日未満で終了することが明確な場合のみ除外)。
  • ② 1週間の所定労働時間が20時間以上であること:週あたりの所定労働時間(雇用契約上の時間)が20時間以上であること。短時間労働者(パートタイマー等)でも、週20時間以上働けば雇用保険の対象です。ただし所定労働時間が週20時間未満の人は対象外となります(残業など実際の労働時間が20時間を超えていても、契約上20時間未満なら加入しません)。
  • ③ 学生ではないこと:昼間学生(在学中の学生アルバイトなど)は原則として対象外です。ただし夜間部や通信制の学生、および卒業見込みで卒業後も引き続き勤務することが決まっている学生等は例外的に加入対象となります。要件①②を満たせば、これら例外の学生や内定者アルバイトも雇用保険に入ります。

以上の条件を満たす労働者(新入社員やパートタイマーを含む)は雇用形態に関わらず全員加入義務があります。雇用保険への加入手続きは会社(事業主)の法的義務であり、一人でも社員を雇えば事業所単位で強制適用されます。もし会社が加入手続きを怠った場合は法律違反となり、最悪罰則の対象にもなり得ます(未加入だった場合でも後から遡って加入手続きが指導されます)。

補足:被保険者区分  雇用保険には働き方に応じていくつかの被保険者区分があります。一般的な会社員・パートは「一般被保険者」と呼ばれます。季節的な短期雇用(4か月未満など)は「短期雇用特例被保険者」、日々雇用や30日以内の短期契約労働者は「日雇労働被保険者」として扱われ、給付内容が一部異なります。また、かつては65歳以上になると雇用保険に入れませんでしたが、現在は年齢制限が撤廃されており、65歳以上でも週20時間以上働けば「高年齢被保険者」として雇用保険の適用対象になります(高年齢被保険者には通常の失業手当の代わりに「高年齢求職者給付金」(一時金)が支給されます)。

雇用保険の加入手続きと被保険者証

雇用保険への加入手続きは、事業主(会社)がハローワークを通じて行います。新たに従業員を雇い入れた場合、雇用保険の被保険者となる条件を満たす人については**「雇用保険被保険者資格取得届」入社した翌月10日までにハローワークへ提出しなければなりません。事業所が初めて従業員を雇う場合には、同時に「労働保険関係成立届」(労災・雇用保険の保険関係の設立届)や「雇用保険適用事業所設置届」**も提出し、事業所単位で雇用保険適用事業所として登録します。

被保険者として受理されると、ハローワークから**「雇用保険被保険者証」が発行されます。この書類には被保険者番号(11桁の番号)や氏名・生年月日が記載され、あなたが雇用保険に加入していることを証明する書類です。被保険者証は発行後、原則労働者本人に渡すことになっていますが、実務上は「入社時には会社が保管し、退職時に本人に手渡す」というケースが多いです。転職時にはこの被保険者証が必要で、新しい就職先に提出を求められます。前職までの雇用保険加入期間や番号を引き継ぐためです。したがって退職時には必ず会社から雇用保険被保険者証を受け取り**、自分で保管しておきましょう。もし紛失してしまった場合でもハローワークで再発行できますが、手続きに手間がかかるため注意が必要です。

なお、毎月の給与から控除されている**「雇用保険料」**も、この資格取得の届け出に基づいて徴収が始まります。雇用保険料は前述の通り労使折半で負担し、会社が給与天引きして納付します。自分の給与明細に「雇用保険料」欄があれば、そこに記載されている金額が毎月あなたが負担している保険料です(給与額に保険料率をかけて計算します)。万一、雇用保険加入対象なのに給与から保険料が引かれていない場合は、会社が未加入の可能性もあります。そのような場合は速やかに人事担当者に確認しましょう(会社には遡って加入手続きを行う義務があります)。

給付の種類と受給までの流れ

雇用保険では、主に失業時や雇用継続が困難な場合に様々な給付が用意されています。給付金の種類は目的によって大きく4つに分類できます。

  • 求職者給付(基本手当など) – 失業した求職者本人に支給される給付金です。一般に「失業保険(失業手当)」と呼ばれるものがこれに当たります。基本手当(失業手当)は、退職した労働者が再就職するまでの生活を支援するために支給されるもので、受給できる日数は90日から最大360日まで、雇用保険の加入期間や退職理由に応じて決まります。高齢者や季節労働者、日雇い労働者にはこれとは別の特例給付(一時金など)が支給されます。
  • 就職促進給付(再就職手当等) – 早期の再就職を促すための給付金です。失業手当を受給中の人が早めに再就職した場合、残りの支給日数に応じて再就職手当が支給されます。他にも、再就職後一定期間定着した場合の就業促進定着手当や、広域求職などの場合の就業手当(※2025年4月廃止予定)などがあります。
  • 教育訓練給付 – 働く人のスキルアップを支援するため、厚生労働大臣指定の講座を修了した際に受講費用の一部を支給するものです。一般教育訓練給付(上限20%・年上限10万円)や専門実践教育訓練給付(上限50-70%・年間上限40万円)など種類があり、看護師や介護福祉士、美容師などの資格講座を受ける場合などに活用できます。自己負担で職業訓練を受ける際は積極的に利用したい制度です。
  • 雇用継続給付 – 育児・介護休業や高年齢者の継続雇用を支援する給付金です。代表的なものに育児休業給付金(子どもが1歳になるまで※一定条件で最長2歳まで延長)と介護休業給付金(家族の介護のための休業取得時)があり、休業開始時賃金日額の50~67%相当(育児休業給付金は2025年の制度改正で実質80%へ引上げ)を休業中の所得補償として受け取ることができます。これらは休業前の2年間に雇用保険の被保険者期間が通算12か月以上あることが支給要件です。また、高年齢雇用継続給付は60歳以上65歳未満で給与が大きく減少した場合に支給される給付金で、賃金低下分の一部(改正により2025年以降支給率縮小)が支給されます。

失業手当を受け取るまでの一般的な流れ

雇用保険の一番身近な給付である**失業手当(基本手当)**について、その受給までの大まかな流れを確認しておきましょう。以下は自己都合退職(一般的な離職者)の場合の手続き例です。

  1. 会社を退職する – まず離職(退職)します。会社都合・自己都合いずれの場合も、退職によって雇用関係が終了した時点で失業手当の受給要件を満たす可能性が生じます。※定年退職や契約満了も含め「離職票に記載される離職理由」が後の手続きに影響します。
  2. 会社から離職票を受け取る – 退職後、会社は**「雇用保険被保険者離職票」**を発行します。離職票は失業給付の受給手続きに必要な重要書類で、通常退職後1~2週間程度で会社から郵送または手渡しされます。離職票が届かない場合は会社に問い合わせるか、管轄ハローワークに相談しましょう。離職票がないと基本手当の申請ができません。
  3. ハローワークで求職申込み・受給手続き – 自分の居住地を管轄するハローワークに行き、求職の申込み失業給付の受給手続きを行います。必要書類は「離職票1・2」「雇用保険被保険者証」「マイナンバー確認書類と身分証」「証明写真(縦3cm×横2.5cm)2枚」「印鑑」「本人名義の預金通帳」等です。初回手続き時に雇用保険受給資格の決定がなされ、自分が受給資格を満たすか(雇用保険加入期間の要件など)と、離職理由区分(自己都合か会社都合か等)がハローワークによって確認されます。受給資格が決まると**「雇用保険受給資格者証」**という書類が交付され、以後の失業認定日に必要となります。
  4. 待期期間(7日間) – 手続きを完了すると、まず7日間の待期期間に入ります。この間は失業手当は支給されません。ハローワークから後日**「雇用保険受給者初回説明会」の日程案内と「雇用保険受給資格者のしおり」**が渡されます。
  5. 給付制限期間(自己都合退職の場合)自己都合退職の場合は待期満了後、現在約1か月間の給付制限期間があります(2025年の法改正により原則1か月に短縮。参照)。この期間はさらに手当の支給が行われません。ただし会社都合退職や契約満了等の特定受給資格者・特定理由離職者に該当する場合、給付制限は課されず待期終了後すぐに手当支給対象となります。
  6. 初回の雇用保険受給者説明会に参加 – ハローワークが指定した日に開催される説明会に出席します(通常、待期期間経過後すぐに実施)。ここでは失業認定の受け方や求職活動の報告方法など、今後の手続き全般について説明を受けます。説明会に出席しないと以降の失業手当を受けられませんので必ず参加しましょう。
  7. 求職活動の実施 – 説明会終了後、次回の失業認定日までのあいだに2回以上の求職活動を行う必要があります。求職活動とは具体的に求人への応募や面接、ハローワーク主催セミナーの受講などです。少なくとも2回の活動実績がないと失業手当が支給されませんので注意してください。
  8. 失業認定日・給付金支給 – ハローワークが定めた4週に1度の失業認定日に来所し、所定の失業認定申告書を提出して求職活動実績を報告します。認定日に「就職せず求職活動を行っている失業状態」であることが確認されると、その認定期間(直近4週間分)の失業手当が後日指定口座に振り込まれます。これで初回の基本手当を受給できます。以降も再就職が決まるまで、おおむね4週間ごとに同様の認定・支給が繰り返されます(支給終了日または就職が決まった時点で給付は停止・終了となります)。

以上が一般的な失業給付受給までの流れです。会社都合退職(倒産・解雇等)の場合は上記の給付制限「5」がなく、待期満了後直ちに支給対象となる点が異なります。また受給日数も会社都合退職者の方が長く手厚い(例:自己都合退職者90日~150日、会社都合退職者90日~330日など)といった違いがあります。いずれの場合も失業手当を受給するには「積極的に求職活動を行う」ことが前提であり、ハローワークでの定期的な失業認定と、求職活動の証明が必要です。安易に受給資格を誤解しないよう気を付けましょう。

よくある誤解・注意点

最後に、雇用保険について労働者が陥りがちな誤解や注意すべきポイントをまとめます。

  • 「パートやアルバイトだから雇用保険は関係ない」は誤解 – パートタイマーやアルバイトでも、上記の週20時間以上・31日以上見込みといった条件を満たせば正社員と同様に雇用保険に加入する義務があります。勤務時間の短さや学生アルバイト等で対象外となるケースもありますが、要件に当てはまれば雇用形態に関係なく適用されます。特に社会人経験の浅い方ほど、自分が雇用保険に入っていることを認識していない場合がありますので注意しましょう(給与明細の雇用保険料控除欄で確認できます)。
  • 学生アルバイトの扱い – 前述の通り昼間学生は原則適用除外です。そのため、大学在学中のアルバイト等で退職しても雇用保険から失業手当は受け取れません(そもそも加入していないため保険料も払っていない)。一方で、卒業直前から勤務を開始し卒業後も継続雇用される場合夜間学生・通信制学生であれば、パートタイムであっても雇用保険に加入して給付対象となります。自分が対象かどうか迷ったら、会社やハローワークに確認しましょう。
  • 失業手当は無条件にもらえるわけではない – 雇用保険に入っていれば誰でも失業手当がすぐにもらえる、と誤解しないようにしましょう。一定の加入期間要件(一般的な自己都合退職なら離職前2年間に被保険者期間通算12か月以上)を満たして初めて受給資格が得られます。加入期間が短い新入社員などは、退職しても受給要件を満たさない場合があります。また受給にはハローワークでの求職申込みと定期的な失業認定が必要であり、就職の意思がない人には支給されません自己都合退職では約1か月の給付制限期間もあるなど、すぐに給付金が出ない点にも注意が必要です。
  • 離職票の重要性 – 退職時に会社から交付される離職票は失業給付の申請に不可欠な書類です。「離職票なんて要らないだろう」と放置すると、いざ失業手当を受けたいときに手続きできません。万一退職後に離職票が発行されない場合は違法の可能性もあります。その際は会社に請求し、それでも出ない場合はハローワークに相談して発行してもらいましょう。離職票がないと失業給付どころか、家族の健康保険に入る際の証明などでも困る場合があります。
  • 在職中の給付(育休・介護休業給付)も見逃さない – 雇用保険の給付は失業手当だけではありません。在職中に取得する育児休業や介護休業に対しても手当金が支給されます。例えば育児休業給付金は、育休開始前の賃金の67%相当(一定期間経過後は50%)が支給される制度で、2025年の見直しで**手取り賃金のほぼ100%に近い水準(給付率80%)**まで引き上げられる予定です。育休・産休に入る際には会社経由で忘れず申請しましょう(原則、自動的に手続きしてもらえますが、自身でも条件を把握しておくと安心です)。被保険者期間が1年未満だと育休給付金は出ない点にも注意が必要です。
  • 不正受給は厳禁 – 雇用保険の失業給付を受ける際、虚偽申告や隠れた就労による不正受給は絶対にしてはいけません。例えば失業手当受給中に内緒でアルバイト収入を得たり、就職が決まったのに受給を続けたりすると不正受給となり、発覚すれば**給付金の全額返還に加えて2倍相当の納付命令(計3倍返し)**など非常に重いペナルティがあります。【雇用保険法】違反として刑事処罰の可能性もあります。不正受給がないよう、求職活動や就業状況は正直に申告しましょう。

労働者が知っておくべきポイントまとめ

  • 雇用保険は新入社員からパートまで含めた労働者のセーフティネットです。仕事を失ったときや休業するときに所得補償を受けられる重要な制度なので、仕組みを理解しておきましょう。
  • **加入条件(週20時間以上・31日以上・学生以外)**を満たす場合、雇用保険への加入は会社の義務です。自分が対象なのに加入手続きがなされていないと感じたら、早めに確認することが大切です。
  • 雇用保険被保険者証と離職票は超重要書類です。被保険者証は転職時に必要となるので退職時に必ず受け取り保管します。離職票は失業給付の申請に必須なので、退職後は会社からの受領を忘れないようにしましょう。
  • **失業手当を受けるには条件と手続きがあります。**一定の加入期間(一般的には直近2年で12か月以上)が必要で、自己都合退職の場合は待機+給付制限で約1か月半ほど支給まで時間があります。ハローワークでの求職登録・認定手続きを経ないと支給されない点も覚えておいてください。
  • 失業中も積極的に就職活動を! 雇用保険はあくまで再就職を支援する制度です。受給中は計画的に求職活動を行いましょう。ハローワークの職業紹介や再就職支援セミナーなども活用し、早期の次のステップに繋げることが大切です。雇用保険には再就職が決まった際に支給される再就職手当など、前向きな行動を後押しする仕組みもあります。
  • 在職中の給付制度も確認 – 出産や育児、介護で休業する際には雇用保険からの給付金(育児休業給付金・介護休業給付金)が受け取れます。これらは給与の一部相当が補償されるありがたい制度です。該当する場合は条件を確認し、会社の人事担当と早めに相談しましょう。
  • 疑問があれば専門家や公的機関に相談 – 雇用保険の制度は改正も多く複雑です。不明点は会社の社会保険労務士やハローワーク窓口に遠慮なく質問してください。公的なリーフレット「雇用保険のしおり」や厚労省ウェブサイトにも最新情報が掲載されています。正しい知識を身につけ、雇用保険を上手に活用しましょう。

NotebookLMを使い、Podcast風に上記資料を説明しています。

【※次回は「労災保険の基本」について解説予定です。】