労働者のための労働保険と社会保険⑰

第17回 老齢厚生年金と繰下げ受給・繰上げ支給

1. まずここだけ押さえる(結論サマリー)

  • 公的年金(老齢基礎+老齢厚生)は原則65歳開始
  • 繰上げ(60〜64歳):開始を1か月早めるごと▲0.4%生涯減額取消不可、任意加入・追納等の選択肢が狭まる。
  • 繰下げ(66〜75歳):開始を1か月遅らせるごと+0.7%生涯増額上限75歳、途中で請求して増額率を確定可。
  • 在職老齢年金給与(総報酬月額相当)+年金(基本月額)支給停止調整額を超えると超過分の1/2を停止(年度ごとに基準額は見直し)。
  • 判断の軸(4点):①健康寿命 ②就労収入 ③家計余力 ④企業年金の有無。長寿自信→繰下げ寄り/資金不足→繰上げも選択肢

注:加給年金・振替加算、障害・遺族年金との関係、雇用保険給付との併給調整など周辺制度の影響も大きい(後述)。

2. 制度の全体像(基礎知識)

  • 二階建て:1階=老齢基礎年金(国民年金),2階=老齢厚生年金(報酬比例)。いずれも終身給付。
  • 受給開始:原則65歳。請求しないと支給されない(請求主義)。65歳で請求しなければ自動的に繰下げ待機
  • 裁定請求:誕生月の数か月前に機構から書類が届く→必要書類を添付し提出。支払は偶数月に前2か月分まとめて振込。
  • 世代差の留意:特別支給(60〜64歳)の対象世代は若年層では原則非該当。本レジュメは65歳本来支給世代を前提。

3. 繰上げ受給(60〜64歳)を深掘り

3-1 仕組みと要件

  • 対象:老齢基礎・老齢厚生を原則同時に繰上げ(例外世代除く)。
  • 開始時期:最短60歳の翌月分〜、1か月単位で指定可。
  • 減額率:65歳との差月数×0.4%(例:60歳開始=▲24%)。生涯固定

3-2 影響・制約(ここが重要)

  • 取消不可:繰上げ後に「やっぱりやめる」はできない。
  • 任意加入・追納×:60〜65歳の国民年金任意加入や過去分の追納が不可
  • 他年金との関係
    • 障害年金:繰上げ後に初めて障害状態になっても原則請求不可
    • 遺族・寡婦年金65歳未満の繰上げ期間は一部の遺族給付と併給不可となる場合あり。
    • 加給年金:配偶者等の要件を満たしても、繰上げ中は支給されない
  • 在職・雇用保険:60〜64歳で働きながら受給すると、在職老齢年金の停止対象。失業給付・高年齢雇用継続給付を受けると追加停止があり得る。
  • 税・保険料:年金受給により課税・国保料等の負担が発生(市区町村の非課税ラインも要確認)。

3-3 金額感の例(65歳本来額=年120万円)

  • 63歳開始(24か月繰上げ):▲9.6% → 年108.48万円
  • 60歳開始(60か月繰上げ):▲24% → 年91.2万円 > 早く受け取れる代わりに一生減額総受給額の損益分岐は概ね20年前後が目安。

4. 繰下げ受給(66〜75歳)を深掘り

4-1 仕組みと要件

  • 開始時期66〜75歳の任意の月(1か月単位)。
  • 増額率:65歳超の月数×0.7%(70歳=+42%、75歳=+84%)。生涯固定
  • 基礎と厚生は別々に可:例)基礎は65歳で受給、厚生のみ70歳まで繰下げ。
  • 増額対象外加給年金・振替加算などは増額の対象外(繰下げ中は受け取れない)。
  • 上限・時効75歳到達で上限(それ以上待っても増えない)。未請求分は5年で時効(超過分は受け取れない)。

4-2 判断に効くポイント

  • 在職老齢年金の回避:高収入で働き続ける間は受けずに繰下げ→停止リスク回避+後の年金増額。
  • 加給年金の扱い:配偶者要件がある人は、繰下げで加給の受取開始が遅れる点に注意(総合最適で判断)。
  • 税・介護保険料:名目年金額が増えるほど税・保険料も増えやすい→手取りで比較。

4-3 金額感の例(65歳本来額=年120万円)

  • 68歳開始(36か月繰下げ):+25.2% → 年150.24万円
  • 70歳開始(60か月繰下げ):+42% → 年170.4万円
  • 75歳開始(120か月繰下げ):+84% → 年220.8万円 > 損益分岐の目安:70歳開始は81歳前後、75歳開始は86歳前後で65歳開始を上回るイメージ。

5. 在職老齢年金(働きながら受給)の要点

  • 対象:原則60〜69歳で厚生年金の被保険者として在職し老齢厚生年金を受給する人。
  • 仕組み:毎月の給与+年金支給停止調整額(年度見直し)を超えると、超過額の1/2に相当する金額を老齢厚生年金から停止
  • 基準額の例:年度ごとに改定(例:51万円〔2025年度〕)。最新値を就労計画に反映。
  • 在職定時改定65歳以上で在職中は、毎年加入実績分を年金額へ反映(受給中でも増える)。
  • 計算例:月収40万円+年金20万円=合計60万円。基準51万円の場合→超過9万円の1/2=4.5万円停止。 > 高収入で停止が大きい間は繰下げ待機も有力。退職後に請求し、停止なく増額後の年金を受給。

6. 他制度・手当との関係

  • 雇用保険(60〜64歳):失業給付・高年齢雇用継続給付の受給中は年金が追加停止の場合あり(必ず事前確認)。
  • 企業年金(DB/DC/連合会):原則公的年金と別枠。ただし旧基金の代行部分等は取扱いに注意。公的年金との開始時期の組合せ最適化が肝。
  • 税・社会保険:年金の開始時期や金額により課税・介護保険料が変動。世帯単位での最適化(配偶者の年金・所得も考慮)。

7. 判定フロー(実務手順)

  1. 前提把握:退職/継続雇用の見込み、健康、貯蓄、企業年金。

  2. 65歳の方針決定:原則65歳で請求。請求しない=繰下げ
  3. 分岐判断
    1. 繰上げ:無収入期間の資金需要>減額デメリット?(任意加入不可・障害年金影響も加味)
    1. 繰下げ:在職高収入・長寿自信・手取り有利?(加給の遅れ・税保険料増も加味)
  4. 在職老齢・雇用保険・企業年金との整合確認(停止・併給調整・時期調整)。

  5. 実行
    1. 繰上げ:60〜64歳に本人が請求(提出月の翌月分から)。
    1. 繰下げ希望月の前月に請求(翌月分から)。上限75歳

  6. モニタリング:賃金変動・退職・健康変化で見直し(繰下げ中はいつでも請求可)。

8. 事例で学ぶ「OK/NG」早見

A. 繰上げ
OK:定年直後に無収入・預貯金が薄い→早期受給で生活安定。
NG:65歳で退職予定・継続雇用あり→生涯減額が重く不利。

B. 繰下げ
OK:65歳以降も就労収入あり・健康→増額で長寿リスク対策
NG:近々収入途絶・持病リスク→待機中の資金繰りが厳しい

C. 在職老齢年金
OK給与+年金 ≤ 基準額→停止なし。
NG給与+年金 > 基準額超過の1/2停止。→高収入なら繰下げ待機も選択肢。

9. FAQ

Q1. 繰下げ待機中、予定より早く受け取りたい。
A. 可能。その時点までの増額率で請求し、翌月分から支給。

Q2. 在職老齢の基準を超えそう。
A. 受給開始を繰下げ待機にし停止回避/受給中なら超過の1/2が停止。就労計画と基準額を毎年度チェック。

Q3. 企業年金がある。公的年金は繰下げできる?
A. 原則可能(別枠)。ただし代行部分は取扱いに注意。

Q4. 60〜64歳に失業給付・高年齢雇用継続給付を受ける。
A. 老齢厚生年金が追加停止の可能性。開始前に併給調整を確認。

Q5. 繰上げ後に繰下げへ変更できる?
A. 不可。繰上げ後は生涯減額で固定。慎重に。

Q6. 加給年金がある。繰下げして大丈夫?
A. 要注意。繰下げ中は加給が受け取れないため、世帯手取りが減る場合あり。配偶者の年齢・収入も含め総合判断。

10. ミニチェックリスト

  • 60〜75歳の開始時期(65歳基準/繰上げ/繰下げ)を仮決め

  • 在職予定・給与水準と在職老齢の基準超過見込みを確認

  • 増減率(±)を試算し、損益分岐の目安を把握

  • 企業年金/退職金/雇用保険給付との時期調整を設計

  • 請求・届出のスケジュール(65歳、繰上げ/繰下げ)を作成

  • 税・保険料(公的年金等控除、介護保険料区分)を確認

  • 加給年金・家族の年金の影響を確認(世帯手取りで比較)

11.参考

  • 日本年金機構|老齢年金の繰上げ・繰下げ/請求手続
  • 厚生労働省|在職老齢年金・雇用保険給付との併給調整
  • ねんきんネット|将来年金見込額試算ツール
  • 社内規程|再雇用制度・退職金・企業年金・各種届出フロー

NotebookLMを使い、Podcast風に上記資料を説明しています。