◆
第4回 厚生年金保険の基礎度の基礎
◆
厚生年金保険とは何か
- 公的年金の一種:厚生年金保険は、会社員や公務員など70歳未満の労働者が加入する公的年金制度です。国民年金(基礎年金)と並ぶ、日本最大級の年金制度の一つです。
- 加入対象:原則として会社に勤務する人は全員加入します。正社員だけでなく、パート・アルバイトでも週20時間以上働き月収8.8万円以上など一定の条件を満たせば加入が義務付けられています。
- 二階建て構造:厚生年金に加入すると同時に国民年金にも加入することになり、老後にもらえる年金が手厚くなります。このように、日本の年金制度は**「国民年金+厚生年金」の二階建て**と呼ばれます。
- カバーするリスク:厚生年金保険から支給される年金には、老後の生活を支える老齢年金のほか、病気やケガで障害を負ったときの障害年金、加入者が亡くなったときに家族を支える遺族年金があります。働けなくなったり収入が途絶えたりした場合にも保障が及ぶようになっています。
厚生年金の保険料の仕組み
- 保険料率と算定方法:厚生年金の保険料率は一律18.3%(2020年9月以降不変)です。毎月の給与(標準報酬月額)と賞与(標準賞与額)にこの率を掛けた額が保険料となります。給与額に応じて1~32等級の区分があり、その等級に対応する標準報酬月額に18.3%を乗じて計算します。
- 労使折半:算出された保険料は会社と労働者が半分ずつ負担します(労使折半)。労働者負担分は給与天引きされ、事業主が自社負担分と合わせて納付します。例えば月給20万円の場合、厚生年金保険料は約36,600円で、そのうち本人負担は18,300円になります。
- 国の財政負担:厚生年金の財源には被保険者と事業主の保険料だけでなく国庫(税金)の負担も含まれます。特に基礎年金部分の給付費用の2分の1は国が税金で負担しています。この国庫負担により、公的年金の給付水準を維持し将来の保険料負担が過度にならないようにしています(※残りの半分は現役世代の保険料で賄われています)。
- 賦課方式:厚生年金は現在の現役世代の保険料収入で高齢世代の年金給付を賄う賦課方式を採用しています。将来自分が年金を受け取るときは、その時点の現役世代の保険料と税金が財源になります。この仕組みにより世代間で支え合う構造になっています(少子高齢化で一人当たり負担は増加傾向)。
年金を受け取るための資格と年齢
- 受給資格期間:公的年金(老齢基礎年金・老齢厚生年金)を受け取るには、原則10年以上の加入期間(受給資格期間)が必要です。2017年の制度改正で必要期間が25年から10年に短縮され、多くの方が年金を受け取れるようになりました。10年以上保険料を納めれば、厚生年金の加入期間が1か月しかなくても老齢厚生年金(報酬比例部分)を受給できます。逆に言えば、保険料納付済期間(※免除期間等含む)が通算120ヶ月に満たないと年金は支給されません。
- 老齢年金の開始年齢:老齢厚生年金(および老齢基礎年金)の支給開始年齢は原則65歳からです。現在は男女とも原則65歳ですが、希望すれば後述のように繰上げ(早期受給)や繰下げ(受給開始の延期)も可能です。60~64歳で年金を受け取る繰上げ受給を選ぶと本来より減額され、66~75歳に遅らせる繰下げ受給では増額されます(詳細は後述)。
- 障害年金の受給条件:障害厚生年金は、厚生年金加入中に初診日のある傷病が原因で障害等級1級~3級の障害状態になった場合に支給されます。受給には保険料納付要件(初診日の前日に、加入期間の3分の2以上の保険料を納付済みであること等)が課されており、未納が多いと受け取れない場合があります。障害厚生年金は1級・2級の場合に老齢基礎年金相当の障害基礎年金も併せて受給できますが、3級の場合は報酬比例部分(厚生年金部分)のみ支給されます。
- 遺族年金の受給条件:遺族厚生年金は、厚生年金の被保険者が在職中や在職中の病気・ケガで死亡した場合などに、その方に生計を維持されていた遺族に支給されます。遺族年金にも保険料納付要件(故人が年金受給資格を満たしていたか、直近の納付状況が良好であること等)があり、未納が多いと遺族に年金は出ません。また受給できる遺族には順位・範囲が定められており、主な対象は配偶者(※後述)や子どもです。例えば給与収入のある配偶者には一定の所得制限があり、年収850万円以上などの場合は遺族年金を受給できないことがあります(高収入で自立可能とみなされるため)。
厚生年金の種類(老齢・障害・遺族)
厚生年金保険から支給される年金には大きく分けて老齢厚生年金・障害厚生年金・遺族厚生年金の3種類があります。それぞれ支給条件や趣旨が異なります。以下に概要をまとめます。
| 年金の種類 ** | ** 主な受給対象・条件 ** | ** 支給開始の時期・期間 |
| 老齢厚生年金 | 厚生年金の被保険者期間があり、受給資格期間(原則10年)を満たした本人が受け取る年金。【受給対象】会社員・公務員など厚生年金に加入していた人本人。 | 原則65歳から支給開始(繰上げ受給で60歳~、繰下げ受給で最大75歳まで開始時期を遅らせ可能)。終身で支給。 |
| 障害厚生年金 | 厚生年金加入中に初診日のある傷病が原因で障害等級1~3級に該当した本人に支給される年金。【受給対象】障害状態になった本人。要保険料納付要件(初診日前までに保険料納付率が2/3以上等)。障害基礎年金(1~2級)に上乗せして支給(3級は厚生年金部分のみ)。 | 障害認定日(初診から1年6か月経過時が目安)以降に請求手続きし、認定された障害等級に応じて支給開始。以後、障害状態が続く限り支給(将来的に改善した場合は支給停止の可能性あり)。 |
| 遺族厚生年金 | 厚生年金の加入者または加入者であった者が死亡したとき、その人に生計を維持されていた遺族に支給される年金。【受給対象】遺族の範囲と優先順位が定められており、*配偶者や子(第一順位)、父母(第二順位)、孫(第三順位)、祖父母(第四順位)*のうち、先順位の遺族1名(または子は複数可)が受給。【条件】故人が保険料納付要件を満たしていること。配偶者については主に妻が該当(夫は妻の死亡時55歳以上など条件)。 | 死亡した月の翌月から支給開始。配偶者への遺族厚生年金は一生涯支給。ただし30歳未満で子のない妻の場合は5年間の有期給付となる等の制約あり。子に支給される遺族年金(遺族基礎年金含む)は18歳到達年度末まで(障害児は20歳まで)。 |
※遺族厚生年金の受給要件には、「死亡した当時その人によって生計を維持されていたこと」および一定の所得要件(前年収入850万円未満等)があります。対象となる遺族の例としては、妻(死亡当時その方によって生計維持されていた配偶者。子のある妻は年齢問わず、子のない妻は30歳以上や死亡当時妊娠中など一定の場合に支給)、子(18歳未満or障害のある子)、条件を満たす夫(55歳以上で妻死亡後60歳から支給)などがあります。
保険料と将来受け取れる年金額の関係
- 報酬比例:収入と加入期間で決まる:厚生年金の年金額(老齢厚生年金部分)は、加入期間中の給与・賞与の額と加入月数に応じて決まります。収入が高い人や長く加入した人ほど、老後にもらえる年金額は増えます。これは、厚生年金保険料が報酬額に比例して決まり、その保険料負担に見合った給付が将来受け取れる仕組みだからです。
- 老齢基礎年金との合算:会社員・公務員として厚生年金に加入していた人は、老後に老齢基礎年金+老齢厚生年金を受け取ります。一方、自営業やフリーランスなど厚生年金に加入していない人は老齢基礎年金(のみ)となり、その分給付水準に大きな差が生じます。たとえば2023年度時点で老齢基礎年金の満額は約年83万円(月額約6.9万円)ですが、厚生年金から支給される老齢厚生年金を上乗せでもらえる人の平均年金月額は約14.6万円(基礎年金を含む)にのぼります。これは平均的な厚生年金加入者のケースで、男性平均16.7万円・女性平均10.7万円と差があります(女性は非正規期間や中断が多いため低め)。
- 具体例(将来の年金額):厚生年金の老齢給付水準は、個人の生涯平均収入と加入期間によって異なります。例えば、平均月収30万円で約40年間加入したモデルケースでは、老齢基礎年金と老齢厚生年金を合わせた年金額は**年間約180万円(=月額15万円程度)**になると試算できます。一方、平均月収20万円なら年金額は年間約135万円(=月約11万円強)ほどになります(概算)。収入が高い人ほど受給額も増えますが、現役時代の収入の何割を年金がカバーできるか(所得代替率)はおおむね6割程度と言われています。若い世代では将来的に給付水準の調整が見込まれるため、「自分の年金見込額」を年金定期便やねんきんネットで確認し、足りない分は個人年金や貯蓄で備えることも大切です。
老齢厚生年金の繰下げ受給制度
定められた年齢より受給開始を遅らせることで年金額を増やせる制度を**「繰下げ受給」といいます。厚生年金(老齢厚生年金)および老齢基礎年金は、希望により66歳以降に受給開始を繰下げることが可能です(最大で75歳開始まで)。繰下げ受給をすると受給開始を遅らせた月数に応じて年金額が増額**されます。
繰下げ受給の概要とルール
- 増額率:繰下げによる増額率は1ヶ月あたり0.7%(年間8.4%)です。例えば65歳から70歳まで5年間(60か月)繰下げると42%増額され、75歳まで繰下げると84%増額(年金額が1.84倍)になります。増額は繰下げた期間に応じて月単位で計算されます(※65歳から1年間は月単位の細かな指定はできず丸一年単位になります)。
- 選択自由:66歳から75歳までの間であれば、何歳で受給開始するかは1か月刻みで自由に選択できます。例えば「67歳6か月から」等、自分のライフプランに合わせて開始時期を決められます。繰下げを選択した場合、その開始年齢に達するまで年金は支給停止となり、達した時点で増額後の年金額で支給が始まります。
- 一度決めたら変更不可:繰下げ受給を一度開始した後で途中でやっぱり早くもらうという変更はできません。また、繰下げ待機中に本人が亡くなった場合、遺族年金は増額されず65歳時点の本来額に基づいて計算されます(繰下げによる増額分は反映されない)。そのため、繰下げを選ぶ際は「年金をもらわずに待機している間に亡くなるリスク」も考慮する必要があります。
繰下げ受給の損益分岐点(元が取れる年数)
- 損益分岐点とは:繰下げ受給では受給開始を遅らせる代わりに毎年の年金額が増えるため、「長生きすれば得、早く亡くなると損」という関係になります。何歳まで生きれば繰下げしたほうがトクになるかを示す年齢を損益分岐点(元が取れる年数)といいます。
- おおよその目安:増額率0.7%/月(8.4%/年)の制度設計上、繰下げの損益分岐点は繰下げ幅によらず約12年後に設定されています。例えば70歳開始に繰下げた場合は約81歳11か月、75歳開始の場合は約86歳11か月生きると総受取額で繰下げしない場合を上回ります。言い換えると70歳開始では82歳前後、75歳開始では87歳前後まで生存すると繰下げしたほうが得になる計算です。これは男女の平均余命にも近い値で、厚労省の簡易生命表によれば日本人の平均寿命は男性81.09歳・女性87.14歳です。平均的には女性は繰下げのメリットを享受できる可能性がやや高く、男性は繰下げによる損益がトントンになるケースが多いと言えます。もちろん個人の健康状態や寿命は読めないため、繰下げの判断は**「長生きのリスクへの保険」**と捉えて慎重に検討する必要があります。
繰下げ受給と税金・社会保険料の関係
- 税金面の注意:年金を繰下げて年金収入が増えると、その分税金や社会保険料の負担も増える点に注意が必要です。公的年金等には公的年金控除がありますが、一定額以上になると所得税・住民税の課税対象となります。また年金収入が増えることで、後期高齢者医療保険や介護保険の保険料(所得に応じて決まる)も上昇します。例えば、独居で他に所得がない高齢者の場合、公的年金収入が約155万円以下なら住民税非課税ですが、繰下げで年金額がそれを超えると課税対象となり手取りが目減りします。繰下げにより年金額は増えても手取りベースでは増額分をまるまる受け取れるわけではないことに留意しましょう。
- 在職老齢年金との関係:65歳以降も働く予定がある人にとって、繰下げ受給は在職老齢年金制度との兼ね合いもポイントです。在職老齢年金とは、高年齢者が一定以上の給与と年金を同時に受け取る場合に年金の一部または全部が支給停止となる仕組みです(65歳以降は月収と年金の合計が47万円超で超過分の1/2停止等)。繰下げを選択すればその間年金を受け取らないため、在職老齢年金による調整を受けずに給与を得ることができます。つまり働いて収入があるうちは年金を繰下げておき、退職後にもらい始めることでトータルの受取額を増やす戦略も考えられます。もっとも、在職老齢年金の仕組み自体も見直しが進んでおり(2022年に支給停止基準額の緩和等)、将来の制度変更にも注意が必要です。
まとめ
厚生年金保険は、新入社員からパートタイマーまで幅広い労働者が加入する公的年金制度の要です。毎月の保険料は会社と折半で負担し、将来の老後資金だけでなく万一の障害・死亡時に家族を支える保障も含まれています。**「払った保険料は将来の自分や家族の年金として戻ってくる」**仕組みであり、特に会社員等が受け取る年金は国民年金のみの場合に比べ格段に手厚いものとなります。一方で少子高齢化に伴い現役世代の負担は増加傾向にあり、将来の給付水準も調整される可能性があります。公的年金だけに頼らず、企業年金や私的年金、貯蓄なども組み合わせて老後に備えることが重要です。
厚生年金の制度について基礎を押さえたところで、引き続き次回は具体的な年金額の計算方法や年金請求の手続きなど、より実践的な内容を学んでいきましょう。公的年金を正しく理解し、自分の将来設計に役立ててください。
NotebookLMを使い、Podcast風に上記資料を説明しています。(序盤で保険料の「労使へさん」と言っている部分は「労使折半(せっぱん)」です。)