労働者のための労働保険と社会保険②

第2回 労災保険(労働者災害補償保険)の基本

新入社員やパートタイマーなど、入社5年以内の労働者の皆さんを対象に、労災保険(正式名称:労働者災害補償保険)について解説します。労災保険は仕事中や通勤中の予期せぬケガ・病気から労働者の生活を守る重要な保険制度です。本資料では、業務災害通勤災害の違い、労災保険の申請手続きにおける会社と労働者の役割、受けられる主な給付の種類、そして万一労災事故が発生した場合の対応フローについて、図解を交えて分かりやすく説明します。ポイントを押さえて、いざという時に適切な対応が取れるようにしましょう。

労災保険とは

労災保険とは、労働者が業務中または通勤中に負ったケガや病気に対して、治療費の給付など必要な補償を行う公的保険制度です。企業に雇用され賃金を支払われている労働者であれば、正社員・アルバイト・パート等の雇用形態を問わず適用されます(事業主や自営業者は原則対象外)。労災保険の保険料は全額事業主(会社)の負担で賄われており、労働者本人の給与から控除されることはありません。つまり労働者は費用負担なく加入でき、万一の際に必要な補償を受けられる制度になっています。

業務災害と通勤災害の違い

労災保険で補償される労働災害には、大きく分けて業務災害通勤災害の2種類があります。それぞれの定義と主な違いは次のとおりです。

  • 業務災害 – 従業員が業務中に業務を原因として負ったケガや病気、または死亡のことです(いわゆる「業務上」の災害)。
  • 通勤災害 – 従業員が**通勤中(就業に関連する移動中)**に負ったケガや病気、または死亡のことです。※「通勤」とは自宅と就業場所との往復において「合理的な経路および方法」で行われる移動を指し、途中で私的な逸脱・中断をするとその後は通勤と認められなくなる点に注意が必要です。

いずれも労災保険の適用対象となる労働災害であり、労災保険から補償を受けられる点では共通しています。しかし、法律上の扱いや会社の責任範囲などにいくつか違いがあります。主な相違点をまとめると以下のとおりです。

  • 給付の名称 … 労災保険から支給される給付の名称が異なります。業務災害の場合は「療養補償給付」「休業補償給付」「障害補償給付」など「補償」という言葉が付くのに対し、通勤災害の場合は「療養給付」「休業給付」「障害給付」など補償の文字が無くなります(それに伴い請求書の様式も異なります)。名称や書式が違うだけで給付内容にほとんど差はありません
  • 医療費の自己負担業務災害で負傷した場合、労災指定医療機関で受診すれば治療費は全額労災保険負担となり窓口負担はゼロです。一方、通勤災害の場合は療養給付において原則200円の自己負担金が徴収されます(※この200円は休業給付の支給時に差し引かれて調整されるため、病院窓口で請求されることはありません)。ほとんど無料で治療が受けられる点に変わりはありませんが、このような制度上の違いがあります。
  • 最初の3日間の休業補償 … 労災で仕事を休む場合、労災保険からの休業(補償)給付は4日目から支給され、労災発生日から連続する最初の3日間(待期期間)は支給されません。ただし業務災害の場合、労働基準法により使用者(会社)に待期期間中の休業補償責任が課されており、初日から3日間について平均賃金の60%以上の手当を支払う義務があります。通勤災害の場合、この待期3日分の補償義務は会社にありません(会社の支配下で起きた事故ではないため)。そのため通勤中の事故で休業した場合、労災保険から4日目以降の休業給付しか支給されず、最初の3日分は会社からの補償もない点に注意が必要です。
  • 休業中の解雇制限業務災害により労働者が療養のため休業している期間、およびその後30日間は法律により解雇が禁止されています(労働基準法第19条)。これは仕事上の負傷・疾病で休んでいる労働者の身分を保証するための規定です。一方、通勤災害で休業する場合にはこのような解雇制限の規定が適用されません。※実際には多くの企業が通勤災害で休業した労働者にも配慮しますが、法律上は業務上災害の場合ほどの強い保護規定がないことを覚えておきましょう。
  •  

労災保険の申請手続き(会社と労働者の役割)

労災事故に遭いケガや病気を負った場合、労災保険から補償を受けるためには所定の申請手続きを行う必要があります。ここでは、実際に労災が発生した際の会社と労働者それぞれの対応・役割を確認しましょう。

  • 労働者(被災労働者)の役割: まず負傷したら速やかに会社へ労災発生を報告します。そして必要に応じて労災指定の医療機関で受診し、療養給付を受けるための書類(例:様式第5号※)を病院に提出します。治療後または休業が発生した場合は、医師に労災用の診断書を書いてもらい、労災保険給付支給請求書を自ら記入(本人署名)して準備します。労災の請求書は通常会社を通じて所轄の労働基準監督署に提出しますが、会社が手続きを行わない場合などは、労働者自身で直接提出することも可能です。いざという時に慌てないよう、どのような書類が必要になるか概略を把握しておきましょう。
  • 会社(事業主側)の役割: 労働者から労災発生の報告を受けたら、まず怪我の状況や発生状況を聞き取り、労災保険給付支給請求書の作成をサポートします。請求書には被災者の氏名や発生日、事故の状況、負傷箇所、証人の有無、賃金額など会社側で記入・証明すべき事項があります。これら必要情報を社内で整理し、会社の証明欄に記入押印した上で、速やかに所轄の労働基準監督署長宛てに提出します。また、労災保険の給付請求とは別に、労災事故の重症度によっては会社に労基署への事故報告義務が生じます。例えば死亡や4日以上の休業を要する労災が発生した場合、会社は「労働者死傷病報告」を遅滞なく労働基準監督署長に提出しなければなりません(労働安全衛生法第100条・施行規則第97条)。この報告手続きも会社の重要な役割です。
  • 行政(労働基準監督署)の対応: 労災保険給付の請求書が提出されると、所轄の労働基準監督署において当該災害が労災保険の給付対象となるかどうかの調査・審査が行われます。業務上または通勤途上の災害であると認められれば労災認定となり、後日保険給付の支給決定通知が届きます。反対に「労災に該当しない」と判断された場合は不支給処分となり、その内容が通知されます。不支給決定に納得できない場合、労働者は所轄労働局の労災保険審査官に対し**審査請求(不服申立て)**を行うことが可能です。労災保険は労働者の権利ですので、正当な理由があればこうした不服申立て制度を利用することも覚えておきましょう。

※様式第5号…正式には「療養補償給付たる療養の給付請求書(業務災害用)」といい、労災指定医療機関に提出する書類。

労災保険の主な給付の種類

労災保険から受けられる給付は、ケガの治療中なのか、治癒後に障害が残ったのか、あるいは死亡に至ったのか等、状況に応じて様々な種類があります。主な給付の種類と内容を以下にまとめます(※業務災害の場合は給付名に「補償」が付きますが、通勤災害の場合は名称から「補償」が外れるだけで内容は同じです)。

  • 療養(補償)給付 … 労災によるケガや病気の治療費の給付です。労災指定の病院・薬局で治療を受ける場合、労災保険から治療に必要な費用が全額給付され、自己負担なく療養を受けられます。治療費や入院費、必要な薬剤・看護料など、通常治療に必要な費用はすべて含まれます。やむを得ず非指定の医療機関で治療を受けた場合でも、一旦立替えた費用について後日請求し**全額払い戻し(療養の費用給付)**を受けることが可能です。通勤災害の場合は「療養給付」と呼ばれますが、給付内容に違いはありません
  • 休業(補償)給付 … 労災で負傷・発病し働けなくなった期間の賃金を補償する給付です。仕事を休まざるを得なくなった場合、労災発生日から連続して4日目以降の休業1日につき、**給付基礎日額の60%が支給されます。さらに休業特別支給金として20%(給付基礎日額の20%相当)が加算支給されるため、休業期間中も実質日額の合計80%**が補償される仕組みです。給付基礎日額とは原則として労災発生前3か月間の平均賃金額を指します。なお労災発生から3日間は労災保険から休業給付が出ませんが、業務災害の場合はこの間について会社が別途60%以上の休業補償を行う義務がある点は前述のとおりです(通勤災害の場合は会社補償なし)。※通勤災害の場合、同内容の給付が「休業給付」と呼ばれます。
  • 障害(補償)給付 … 労災による傷病が治った後も後遺障害(後遺症)が残った場合に支給される給付です。後遺障害の程度に応じて労災保険より年金または一時金が支給されます。具体的には、厚生労働省の定める障害等級(1級~14級)によって給付内容が決まり、1級~7級に該当する重い障害の場合は「障害補償年金」(継続的に年金支給)、8級~14級の比較的軽度の障害の場合は「障害補償一時金」(等級に応じた所定日数分の給付基礎日額を一括支給)が支給されます。例えば1級の障害では年金として給付基礎日額の313日分が毎年支給され、14級の障害では一時金として給付基礎日額の56日分が支給されます(詳細な金額は障害等級等により異なります)。※通勤災害の場合は「障害給付」と呼称。
  • 遺族(補償)給付 … 労災事故により労働者が死亡した場合に遺族に支給される給付です。労働者の収入で生計を維持していた遺族(配偶者や子など)がいる場合、その遺族に対し遺族補償年金が支給されます。年金額は労働者の給付基礎日額に一定の日数(遺族の人数等によって153日~245日)が乗じられた額が一年分として支給されます。遺族補償年金を受け取れる遺族がいないときは、一定の遺族(例:労働者と生計を同じくしていた父母など)に対し遺族補償一時金(給付基礎日額の1,000日分)が支給されます。さらに、死亡した労働者の葬儀を行った遺族には葬祭料(葬儀費用に対する定額の給付)が支給されます。葬祭料の額は給付基礎日額の概ね60日分相当(最低補償額あり)です。※通勤災害の場合、名称は「遺族給付」となります。
  • その他の給付 … 上記以外にも、様々な給付制度があります。たとえば治療開始から1年6か月経っても傷病が治癒しない場合、その時点で傷病の程度が重いときに長期療養生活を補償する傷病(補償)年金が支給されます。また、重度の後遺障害により常時または随時の介護が必要となった場合には、介護人を頼む費用を補填する介護(補償)給付が受けられます。このほか定期健康診断等で所定の異常が見つかった場合に精密検査等を無料で受けられる二次健康診断等給付など、労災保険には多様な給付項目があります(※詳細は厚生労働省や専門機関の資料をご参照ください)。

労災事故発生時の申請フロー

労災事故発生から給付を受けるまでの基本的な手続きフローです。

労働者が業務中または通勤途中に負傷したら、まず会社に労災発生の事実を報告します。

その後、労災保険給付の請求書を作成して所轄の労働基準監督署長に提出します(この請求書は会社を通じて提出することも、労働者が直接提出することも可能です)。

労働基準監督署での調査を経て労災と認定されれば、各種保険給付の支給決定通知がなされ給付金が支給されます(労災と認められない場合は不支給決定となり、その通知が届きます。)

不服があれば労働局に対し審査請求による不服申立てが可能です。

なお、この給付請求とは別に、労災事故の内容によって会社には労基署への事故報告義務が発生する場合があります(重篤な労災時の「労働者死傷病報告」の提出など)。

以上が労災発生時の大まかな流れです。

いざという時に備え、手続きの全体像を理解しておきましょう。

労働者として知っておくべき注意点

最後に、労働者の立場で労災保険を利用する際に注意すべきポイントや知っておきたい事項をまとめます。

  • ケガをしたら速やかに報告・受診 … 業務中や通勤途中に事故やケガをした場合、ただちに上司や会社に連絡しましょう。応急処置が必要なら迅速に行い、状態に応じてすぐ医療機関を受診します。特に骨折や出血など明らかな負傷の場合は我慢せず救急搬送等もためらわないでください。労災は命に関わる事態を想定した制度です。安全第一で行動しましょう。
  • 受診時は「労災」であることを伝える … 病院にかかる際には、そのケガや病気が仕事中・通勤中の災害であることを医師・受付に伝え、「労災保険扱い」で診療を受けます。労災が原因の傷病に健康保険証を使って受診することはできません(仕事上の傷病に健康保険を適用すると法律上認められておらず、後から治療費の全額が自己負担になってしまいます)。労災指定の病院であれば所定の請求書(様式第5号または第16号の3など)を提出することで窓口負担なく治療を受けられます。指定病院が近くに無い場合でも、健康保険証は提示せずに「労災の可能性がある」と伝えて受診し、後日労災請求を行うようにしましょう。
  • 会社からの「労災にしないで」という要請に注意 … 万一会社側が労災として扱うことを渋ったり、「今回は労災申請しないでほしい」と頼んできた場合でも、安易に応じてはいけません。労災事故を隠して健康保険で処理することは**違法行為(労災隠し)であり、会社は厳しい罰則を受けるおそれがあります。またそのような処理をすると労働者本人も本来受けられる十分な補償が得られなくなる危険があります。中には「労災申請すると会社に迷惑がかかるのでは」と心配する声もありますが、そのように申請をためらう行為自体が「労災隠し」**とみなされ得るため注意が必要です。労災が起きたときは労災保険を正しく活用するようにしましょう。
  • パートやアルバイトでも遠慮しない … 労災保険は雇用形態に関係なく適用されます。正社員でなくても、会社に雇われ賃金をもらって働いている人は全員労災保険の対象です。試用期間中の新入社員や学生アルバイトであっても同様です。遠慮せずにしかるべき補償を受けましょう。また労災保険料は全額会社負担であり、給付を受けても労働者個人の保険料負担が増えることはありません。安心して制度を利用してください。
  • 通勤経路の逸脱に注意通勤災害として労災認定を受けるためには、就業に関連した合理的な経路・方法で通勤していることが条件です。私的な用事のために大きく遠回りしたり長時間の寄り道をした場合、その途中やその後の移動中に起きた事故は労災と認められない可能性が高くなります。例えば「仕事帰りにプライベートで飲食店へ立ち寄った際に負傷した」「通勤中に忘れ物を取りに一旦自宅へ戻った際の事故」等は通勤災害から外れるケースです。やむを得ない最小限度の日用品購入や保育園への立ち寄りなどを除き、通勤経路からの大きな逸脱・中断は避けるようにしましょう(※逸脱後に元の経路に復帰した場合、その復帰以降は再び通勤と認められ得ます)。
  • 業務が原因の病気も労災に該当 … 労災というと転倒・墜落など事故によるケガに目が行きがちですが、長時間労働や過重業務による病気も労災に該当します。たとえば脳・心臓疾患(脳梗塞や心筋梗塞など)や精神疾患(うつ病など)は、その発症前の労働時間や業務内容が一定の基準を超えて過重だと認められれば労災認定され得ます。また熱中症や腰痛症なども業務環境や内容との因果関係が認められれば労災となります。実際に業務に起因して病気になった場合も労災保険から補償を受けることができます。体調不良が仕事に関係していると思われるときは放置せず、会社の産業医や労働基準監督署等に早めに相談してください。
  • 労災保険給付には時効がある … 労災保険の給付金は、いつまでも請求できるわけではありません。それぞれの給付について請求できる期限(時効期間)が法律で定められており、期限を過ぎてしまうと原則としてもう受け取ることができなくなってしまいます。例えば療養補償給付や休業補償給付は2年で時効となり、障害補償給付や遺族補償給付は5年で時効になります(時効は支給事由が生じた翌日から起算)。「手続きを忘れていて給付がもらえなかった…」ということが無いよう、労災が発生したら早めに会社と連携して必要な請求手続きを行いましょう。

以上が労災保険(労働者災害補償保険)の基礎知識となります。労働者にとって大変心強い制度ではありますが、いざという時に正しく利用するためには制度内容や手続きの流れを理解しておくことが大切です。万一職場で事故が起きてしまった場合には慌てず、ここで学んだポイントを思い出して適切に対処してください。労災保険を活用して、皆さんの安全と生活をしっかり守りましょう。


NotebookLMを使い、Podcast風に上記資料を説明しています。